文月です。


劇団四季「ノートルダムの鐘」鑑賞して参りました。

ネタバレはできるだけ…できるだけ避けたいと思っていましたがしないと書けないのでしちゃいます。
これから観劇予定の方は閲覧にご注意ください。


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劇団四季「ノートルダムの鐘」 横浜公演

ディズニー映画「ノートルダムの鐘」ではジプシー・クロパンがオープニングで「これはある人間と怪物の物語。このお話が終わるころ、あなたもきっと分かるだろう。どちらが人間でどちらが怪物か」と歌っているのですが、ミュージカル版では舞台上に神々しい美青年が現れ、こう歌います。

「答えてほしい謎がある。人間と怪物、どこに違いがあるのだろう?」

そして美しい青年は自らの手で顔に墨を塗り、詰め物を背負い、ボロボロの衣をまとってカジモドに変身するのです。

そのびっくり演出で問いかけられているのが何なのか…そしてその伏線が物語の最後に放つメッセージが何なのか…。
それはきっと、観る人によって違うことでしょう。

本編を観終わってしばらく呆然として動けませんでした。
「楽しい!」「華やか!」なミュージカルとは違う、強いメッセージと圧倒的なパワー。
熱くて、とても考えさせられる、そんな作品でした。
そしてついついCDを買ってしまいましたw

全体を通して思ったことは、この作品が観客に見せたいのは、観客自身だということ。

天使のように純粋で優しいカジモドにスポットライトを当てることで見えてくるのは、彼を囲む人間たちの弱く愚かな心の姿。

それはきっと、誰しもが少しだけ自分の中に思い当たる部分を持つものばかりで。

 

その中でも、特にその弱さの象徴として際立つのが悪役であるクロード・フロロー。

あ、まず最初にですが舞台版のクロード・フロローはディズニー映画のようなおかっぱヘルファイヤーじゃありません。

渋カッコイイおじさまです。

すみません、ちょっと逸れました。
プロローグで語られるフロローの過去からいろいろと当時の彼の心情は推察できるし、そこへの同情もないわけではないのですが…。

まあツッコミの嵐ですよね。


聖職者でありながらエスメラルダへの欲望を抑えきれなくなれば
「私は悪くない!あの女が魔術をかけた」
エスメラルダにフられれば
「あの女は悪魔だ!死刑にしてやる!!」
私怨でエスメラルダの命を不当に奪ったことをカジモドに責められれば
「パリを守るための義務だ、正義のためだ」

おまえ責任転嫁どんだけだよ!


もちろん人は誰しも弱い部分を持っていると思うのです。
弱いのは当たり前、人間なんだから。
間違うのも当たり前、人間なんだから。
本当に良くないのは、その弱さと過ちを認めることから逃げること…なんじゃないかなぁ。
と、フロローという存在に思うのでした。


文月